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by nozawahitoshi
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カテゴリ:入院
  • 入院日記(最終回) その22 退院の日
    [ 2008-01-18 19:04 ]
  • 入院日記 その21
    [ 2008-01-12 12:17 ]
  • 入院日記 その20
    [ 2008-01-09 07:13 ]
  • 入院日記 その19
    [ 2008-01-06 12:23 ]
  • 入院日記 その18
    [ 2007-12-31 09:06 ]
  • 入院日記 その17
    [ 2007-12-27 07:25 ]
  • 入院日記 その16
    [ 2007-12-24 07:16 ]
  • 入院日記 その14
    [ 2007-12-22 07:22 ]
  • 入院日記 その13
    [ 2007-12-20 07:29 ]
  • 入院日記 その12
    [ 2007-12-18 07:17 ]

入院日記(最終回) その22 退院の日
11月22日(木) 22日目
今日やっと退院だ。朝から沢山の看護師達に「今日退院ですね」と声をかけられる。
午後からは自由になれるのだ。入院のときからつけている日記を読みながら、その時々の事が走馬灯のように脳裏を掠める。この入院は写し絵のように美しく、時とともに美化されていくよう願った。この入院でアルコール中毒ではないことが判明した。
小説は卒業したと思っていたが、それは間違いで、小説も読む価値は大であるとこの入院で解った。さまざまな事を学んだし、客観的に自分を見つめなおしたいい機会だった。

入院生活最後の食事は、かみ締めるようにゆっくり食べた。懐かしいジャムである。
31年前イギリスでホームステイしている時食べた以来だ。
朝食後荷造りをした。浅井慎平の本とナンプレの本は病院に寄付することにした。

することが無いので、病院内をうろつきまわった。3階のデイルームが4階のより小さいことを発見した。「でもそんなの関係ない!」

最後の担当看護師の久保田さん、宮崎出身が来たので写真を撮ってもらう。
お爺さんと孫の写真になった。

さようなら、池田病院の皆さん、さよなら、さよなら、さよなら(淀川か!)
そしてこのあと、家内と2人で「王将」へ行って、餃子2人前を注文し、生ビール大ジョッキをひたすら「おいぴー、おいぴー」と言いながら飲み続けるのである。  

by nozawahitoshi | 2008-01-18 19:04 | 入院 | Trackback | Comments(4)
入院日記 その21
11月21日(水) 入院21日目
ついに当初会社に報告していた、最大3週間が過ぎようとしている。

朝食後レントゲンをとり、昼食抜きで昼過ぎから右の腎臓の石割りの予定。
東館2階のパソコン室で遊んでいたら、12時前に追い出された。「パソコンされるなら9時から来て下さい」と女事務員に冷たく言われた。
北館の屋上へ行ったが、寒くなっていて手袋が必要なくらい季節は移り変わっていた。

退院のことを考えた。一番良いのは、明日の木曜退院して、金曜日休んで、土曜日社長と2人で仕事して、日曜日休んで月曜日から1人立ちするのがベストだが、果たして担当医の波多野先生はOKを出してくれるかが問題だ。
看護師が佐藤さんに代わった。岡山の玉島出身だ。岡山のことを話題に10分ほど話す。このタイプの看護師が池田病院には多い。同じような顔、同じようなスタイルの人が4人いるので憶えにくい。
3時半から石割り(衝撃波による結石破砕治療)が1時間あった。背中じゃなく腹部にやられたので、痛みは2倍で、途中から小便がしたくなって、冷や汗が出て下半身がおかしくなった。終わってからトイレに行ったが、血尿は出るが石は出なかった。
波多野先生に無理やり頼んで、明日退院させてもらえるようになった。その代わり月曜日の午前中にまた石割りに通院しなければならないが。明日の午前中に退院が決まった。12時40分に家内が車で迎えに来てくれることになった。
石は全部出ていないけど、ぎりぎり退院と言うことになりホッとする。このままあと少しいると、心も体もおかしくなりそうだった。

この3週間というもの、非日常ではあったが、退院が延びれば延びるほど非日常ではなくなってくる。最初の頃は、手術と言う1大イベントがあるので緊張、緊張の連続だったが、それが済むとダラダラしてしまって食っちゃ寝状態が続き、マンネリズムに陥っていた。新しい刺激が私には必要であるのにもかかわらず。
明日以降、家に帰ったらブログをやらねばならないし、年賀状も作成しなくてはならない。やらねばならないことが目白押しで「ま、いいか」と気分転換を図る。

by nozawahitoshi | 2008-01-12 12:17 | 入院 | Trackback | Comments(0)
入院日記 その20
11月20日(火) 入院20日目
もうすぐ12月、あと40日で正月だ。もういい加減退屈した。
病室から五月山の風景を見ていると、季節の移り変わりがはっきりわかる。,まさに「諸行無常」である。鴨長明の「方丈記」であり、「平家物語」でもあり、「般若心経」でもある。「空」と「無」の存在を認めざるを得ない。

私は「愛」の表現が非常に不足しているし、「愛」そのものも欠如しているようにも思う。知らん振りして、仏頂面して、長い事生きてきた結果そうなったのかもしれない。
全部自分が悪い。まっすぐを向いて、歩いていかなかった自分が悪い。
自業自得なのだが、今からでも少しは軌道修正出来ると、わずかな望みを抱いて実行に移そうとしている。「過去は気にしなくていい。終わったんだから」
私を知らない人に「私は昔はこんなに素晴らしかったんだ」と何度話したところで、「それがどうした。じゃあ、今はどうなんだ」と言われたら目も歯も無い。
一番肝心なのは今だ。今の自分だ。今何をどうするかだ。
病院に長い事いると、頭まで変になってくる。昼飯が来た。

この3週間あまりの入院生活を、原稿用紙1枚に書けと言われて、果たして書けるだろうか。一番何を学んだのだろうか。ただ窓から、ぼーっと景色を眺め、食事を3度3度とり、寝ていただけなのか。否、悩んだり、後悔したり、腹立ったり、考えさせられたり、いろいろあったはずだ。その経験を活かすのが「大人の勉強」というものだ。
2時過ぎに、美人だが冷たそうな看護師がレントゲン室に行くようにと、カードを持ってきた。これが最後のレントゲンであって欲しい。
担当が筒井順子(のぶこ)になった。彼女はこの病院に10年勤めている古手である。
今年の9月に那覇でCカードを3日かかって取得し、慶良間へ1時間かけていく途中に船酔いし、ダイビングが出来なかったといった話を聞いた。この病院も設立10周年だそうだ。3女梓が9年前にここで産声を上げた。その頃はまっさらだったのを思い出す。
3階の風呂でシャワーをするために、筒井看護師に防水テープを背中に貼ってもらい、19日ぶりに体を洗う。下半身だけだがお湯に浸かる。体を洗ったり、お湯に浸かることがこれほど気持ちのいいものであるか、と今更ながら感動した。

by nozawahitoshi | 2008-01-09 07:13 | 入院 | Trackback | Comments(2)
入院日記 その19
11月19日(月) 入院19日目
昨晩服用した睡眠薬のレンドルミンは遅効性ではあるが、23時頃から効きだし、朝4時までぐっすり眠れた。朝の6時前に平田看護師に採血で起こされるまで気がつかなかった。その採血のあまりの痛さに声を出してしまった。「神経に当たったかもしれない」と彼女は言ったが、こんな痛さは初めてである。
朝食後、波多野先生が来て左の背中の管を外してくれた。これで左の腎臓はOKである。あとは右の腎臓の結石のみである。昼食前に東館の2階のパソコン部屋に行き、「脂肪肝」を検索する。
禁酒を1~3ヶ月すると正常値に戻る。太らない、食物繊維を意識して摂取、筋肉の有酸素運動をする=よく歩くことを心掛ける。この4つが重要であると言う答えが出た。

あの火曜日に、朝からだるかったあの火曜日に屋上で運動などせず、ベッドでおとなしく寝ていたらこんなに長く病院にいることがなかったのに、と思うと自分のとった行動が、53歳にしてはあまりに浅はかに思えて、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。この入院は反省点があまりにも沢山ありすぎて、それは自分の人間性までを疑ってしまうほど、厳しいものがあった。これからも何度か陥るであろうが、今回をめどにつまらない失敗はピリオドを打ちたい。

反省点の大きな一つであるが、これからは行動する前に、まず先のことをよく考慮して、無駄を最小限に抑えて、実行に移すべきである。人間50を超えたら、先を読んで行動するものだ。本当の勉強をこれからはしていかなければならない。本当の勉強とは自分が変わることだ。人に対して優しくすることだ。誰に対してもだ。やるしかない。

by nozawahitoshi | 2008-01-06 12:23 | 入院 | Trackback | Comments(6)
入院日記 その18
11月18日(日) 入院18日目
完全に睡眠不足である。朝の4時頃やっとねむりについた。朝食後最大の悩みであった便秘が解消された。昨晩もらって飲んだ便秘薬のお陰である。それでも便秘薬の特徴か、100%ではなくまだ残った感じがする。

汚い話で恐縮だが、昼食後また大便が出る。本日3度目だ。大便が出るというのは、素晴らしいことであると痛感した。
昼食後にベッドに座っていたら、腰の辺りに冷たいものを感じたので、よく見たら背中の管の栓が外れていて、腎臓からの尿があふれ出てベッドを濡らしていた。ちょっと慌てたが、看護師に栓をつめてもらい、ベッドを新しいのに取り替えてもらうことによって事なきを得た。
普段は酒を飲んで寝ると、夜中にトイレに2度ほど起きるが、酒を飲まなくてもトイレにやはり起きることが、この入院で解った。しかし18日間もアルコール抜きの生活である。肝臓は大喜びしていることだろう。しかしこれくらいでは「脂肪肝」は治らないだろう。明日パソコン室で「脂肪肝」について勉強してみよう。

by nozawahitoshi | 2007-12-31 09:06 | 入院 | Trackback | Comments(0)
入院日記 その17
11月17日(土) 入院17日目
朝から便秘気味である。大腸の蠕動運動が鈍っている。原因は?運動不足、野菜の摂取量が不足、睡眠不足などでいろんなものが足らない。

朝食後、波多野先生の来診があり、退院は来週末だそうだ。
東館の屋上で日向ぼっこする。世間は休日のせいか、すべてが止まっているかのように静かである。秋晴れの暖かい絶好の天気の下、病院でくすぶっているのは、なぜかすごく損をしているような不本意な気持ちである。病院内も土日は休診なので、ひっそりとし、けだるい時間だけが通り過ぎていく。

16時までベッドにまどろんでいたが、急に外に出たくなり、パジャマから服に着替えて、こっそり病院を無断で抜け出し池田の駅前に出る。病院の中では味わえない種々雑多な臭いが、あちこちから湧いて来て躍動感をおぼえる。お金を持っているので、寿司屋、レストラン、居酒屋、ラーメン屋、どこでも入ろうと思えば入れるわけだが、入院中という囚われの身なので、指をくわえてやり過ごすしかないのが辛い。
本屋で立ち読みしたり、失業中にハローワークへ行く途中に良く通った、栄町商店街をぶらついたりして、2時間後病院へ戻る。親に黙ってそっと家を抜け出し、暗くなってこっそり家に帰ってくるという、不良少年を彷彿させるような懐かしい気持ちになった。

夕食はメンチカツと豪華で、999kカロリーもある今まで最高のボリュームだった。

by nozawahitoshi | 2007-12-27 07:25 | 入院 | Trackback | Comments(0)
入院日記 その16
11月16日(金) 入院16日目
ペニスにパイプが突き刺さっているという難儀な状態で夜を過ごす。勝手に尿が出るので、トイレに起きることがないが変な感じだ。6時に採血され、7時半に朝食が運ばれようやく起きた。

今日の朝食は初めて低残渣食から常食Bというものに変わっていた。
生野菜のサラダ、ワンローフパン、イチゴジャム2個、牛乳と今までのものより40Kcal多い。まともな人間が食べるものに近づいてきた。食べ終わって横になっていたら、波多野先生と看護師達がやってきてペニスに刺さっていたパイプを抜いてくれた。いつものことであるが非常に痛い。しかし開放感があって、ホッとする瞬間である。
今日の担当看護師は小南直美さんである。

昼食は朝と同じ常食Bで、今までで一番ボリュームがあった。スパゲティは久しぶりに食べたが、とっても美味しかった。
長い入院生活も、後は左の管が取れるのと、右の腎臓の石割1~2回で終わるだろう。
初めの頃は、こんなうっとおしい病院にいるより、仕事をしているほうがましだと思っていたが、2週間以上もいて慣れてくると、こちらの方が楽で、誰も私を咎める人がおらず「お客様気分」に浸っていられるのでまさに竜宮城である。
しかし、問題は週末の病院が休みのときである。何の処置もないので、ただ暇な時間を過ごすのみである。
14時半、点滴の液がなくなり、やっと左腕から悪魔のような針が抜かれる。
支柱台という悪魔の子分からもお別れだ。あとは左の背中の管(15センチ)が取れれば完全に自由だ。
17時、山中看護師が久保田看護師を連れてきた。2人は郷土が九州なので仲良しなのである。熊本と宮崎なので、また宮崎に関する風土や方言、産物などの話をし盛り上がる。2人ともとても若く可愛いし、何より明るいのがいい。

18時に夕食が来る。これも常食Bである。米の量も200gから250gに増えている。
おかず4品、デザート1品、全部で6品ある。
明日は病院を出て、池田の駅前あたりをぶらついてみようかと思う。

by nozawahitoshi | 2007-12-24 07:16 | 入院 | Trackback | Comments(6)
入院日記 その14
11月14日(水) 入院14日目
昨晩、下剤のプルゼニド2錠、睡眠薬のレンドルミン1錠をもらい飲んだが、なかなか眠れず、3回くらい小用に起きる。下剤の方は午後になってようやく効果があった。
明日は左の腎臓の手術がまたある。今も時折、左の腎臓がズキンズキンと痛い。会社には「早くて2週間」と言ってあるが、とてもそれくらいでは退院できない。

今日の夕方に、また家内を呼んでの先生の明日の手術の説明がある。

昼食をとったあと、また左の背中、特に管を入れてあるところがかなり痛くなってきたので、ナースコールのボタンを押す。菅野美穂に似た山中看護師が来て、熱さましの座薬を入れてくれた。声を聞くと訛っているので、九州人とすぐわかったが、何県なのかはわからなかった。そこで問いただしたら、熊本であることがわかった。阿蘇、人吉、水俣、やまなみハイウェイが咄嗟に出てきたのでその話を20分位する。

夕食は大変美味しかった。魚は鰆か鰤か解らないが、骨がなくいともたやすく食べられた。白菜とつみれボールもなかなかいける。
今日は入院してから初めて「頑張らない日」にした。のんびりリラックスし、普通の人がやっている入院生活をつとめて送るようにした。入院生活で頑張りは禁物であると言うことが身を持ってわかった。明日の手術で、手術と言うものはもう終わりにしたい。

by nozawahitoshi | 2007-12-22 07:22 | 入院 | Trackback | Comments(0)
入院日記 その13
11月13日(火) 入院生活13日目
夜は2時間毎に目が覚めた。疲れがピークに達しており、便秘でしかも尿も思うように出てくれない。朝小用に行くと結石の2mmくらいのが、先に詰まっていたので指でほじくり出したらぽろっと2個出てきた。
10時頃、東館2階のパソコンルームで30分やっていると体が冷えているのが解り、急いで病室に戻ったら、勢いよくベッドに倒れこんだ。体がふらふらした。長袖のジャージ上下と靴下を履いて蒲団を被っているのに全然暖かくならない。体温を測ると37.2度だった。1階のレントゲン室に行く様言われ、またレントゲンを撮る。こんなに撮って大丈夫なのか?

昼食後も便が出ず、腹が張って苦しい。何かおかしい。気分転換に暖かい格好をして初めて無断で病院の外に出る。13日ぶりの「シャバ」はまだ暖かく。車の排気ガスのにおいを久しぶりに嗅ぐ。病院の50m横のコンビニでお茶、おにぎり、お菓子を買う。

14時40分、東館の屋上に上がり、腕立て30回、腹筋30回やり、40分ほど早足で歩き回ったら、足腰が相当なまっているのがわかった。この一連の屋上の行動がいけかかった。急に小用がしたくなりすぐ下のトイレですると、2~4mmの結石が4個も出た。
非常に疲れたので病室の戻ったが、頭が痒くなったので、清拭室を借りシャンプーして、濡れタオルで体を拭いた。これもいけなかった。
その後、急に体がけだるくなり、ベッドにひれ伏した。うとうとしていると看護師が来て、体温を測ってもらうと38.7度あり、そこからが大変で、病室が大騒ぎになった。
看護師が何人も来て、ついで波多野先生が来て、仰々しいマシンが現われ、腹部エコーが撮られ、左の腎臓の後ろが強烈に痛くなったので、背中の管にまた尿を出す管を取り付け、尿バックがまた支柱台に結わえられた。そしてまた、点滴針が左腕に入れられ点滴開始。これで振り出しに戻った。目の前が真っ暗になった。「やり直しか」
左の腎臓の回復が悪く、腎臓から膀胱へパイプを通す手術が必要みたいで、
「明日の夕方、奥さんを病院へ呼んで置いてください。また新たな手術の説明があります」と波多野先生が真剣な顔をした。
「会社の方も休みを伸ばすことが出来ますか?」「最高3週間って言ってあります」
一日も早く退院したいのに、先行きが不安である。病室代も1日11.000円と馬鹿にならないし、1週間伸びたらダイビング1回分に相当する費用だ。

夕食後19時からは時間が止まった様な錯覚を起こしていた。10分が1時間に感じられる。今日の私はいつもと違いどうかしていた。病室のベッドで病人らしく寝ていれば良かったのに、何で病院を勝手に出たり、屋上で先生から何の指示もないのに勝手にリハビリなどしたのだろう。後悔する元気もなくなりつつある。自分の体なのにコントロール出来なくなっている。このまま私はどうなっていくのであろうか。


by nozawahitoshi | 2007-12-20 07:29 | 入院 | Trackback | Comments(0)
入院日記 その12
11月12日(月) 入院12日目
季節一番の寒さが到来した。大阪は16度だそうな。病室にいると温度が一定に保たれているのでわからないが、さすが1階とかに下りていくと外との出入り口が近いので、ひんやりとした冷気が漂ってくる。
今日の朝食、昼食は「衝撃波結石破砕治療」のため無しである。朝9時お腹のレントゲンを撮りにいく。便通が調子悪くなっている。大腸の動きが芳しくない。ガスは出るのだが、蠕動運動がいまいちで汚い話だが、便が出ても思ったほど出てない。昨晩便を出す為に便秘薬「プルゼニド」を飲んでいるので、仕方無しにトイレで頑張る。
トイレを出ると野村看護師に捕まり、病室に一緒に行って血圧や体温を測ってもらい、「じゃ、トイレで待ち合わせをしましょう」と彼女が言ったとたん、隣の松田さんが、
「トイレで待ち合わせとはねえ」と笑った。
「梅田の喫茶店辺りで待ち合わせしたいですねえ」と私が返した。
トイレの待ち合わせは、頭の回転のいい人には解ると思うが、「浣腸」を意味していた。

野村看護師が1時ごろ血圧をまた測りに来た。その時カメラで窓の外を撮っていると
「わぁ、すごいカメラ」と彼女がびっくりしたので、
「これはダイビングに持っていくやつなんや」
「私も今年ダイビングで沖縄の本部というとこへ行ったよ」
「ひょっとして、ファイブオーシャン?」
「えー、なんでわかるの。そうファイブオーシャン。クニトウさんという人いたよ」
「じゃあ、俺達、ファイブオーシャン繋がりやんか」と、とんとん拍子に話が弾み、30分くらい彼女は仕事を忘れて、ずっと私と話しに夢中になっていた。
ブログのURLをメモし破って彼女に渡す。

15時半、お国訛りの抜けない、熊本出身の可愛い山中看護師に連れられて、1階のレントゲン室の隣の結石を破砕する装置のある部屋に行き、裸になり、その上から病衣を着せられ、機械の上にうつぶせになり治療が始まった。かなづちでカツン、カツン叩かれているような感じの衝撃波治療が40分続いた。途中で右の腎臓が激しく痛み出した。「ああ、これが結石が割れた瞬間なんだ」とわかった。
結局これだけでは全部割れていないので、もう1回やる必要があることを後で知らされた。
野村さんが私を迎えにきてくれ、病室まで一緒に帰った。16時半だった。
「お昼に出たパンがありますがたべますか?」と言ってくれたが、
「もうこんな時間だし、すぐ夕食があるので結構です」と断った。
後でよく考えたらもらっておくべきだった。案の定、夕食は昨日より200Kcal少ない、584Kcalしかなかった。

煮物の鶏肉もナスも、ダシまき卵も美味であった。
今日レントゲンが2回あったが、2度目が14時に、左の背中の管から造影剤をいれ、腎盂の様子を見るものであった。この時から、長い管でつながれていた尿パックは取り去られ、支柱台はもう必要がなくなった。左の背中の管は20センチくらい出ているだけで、やわらかく伸縮するのでさほど邪魔にはならない。これなら外にも出れるし、電車に乗ってもOKだ。開放感満点の気分を味わった。あとは、左の手術の穴がふさがり、
右の結石が割れて小便に出て行けば退院である。私の入院生活も終盤に差し掛かっている。あと少しだ。生ビールが飲みたい。チューハイレモンが飲みたい。ギョーザが食べたい。酒に酔ってバタンキューと眠りたい。

by nozawahitoshi | 2007-12-18 07:17 | 入院 | Trackback | Comments(4)