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![]() 青春時代はまさに戦時中で、いっぱしの軍国少女だったとか。 多感な時期に、軍事統制と敗戦という「価値観のコペルニクス的転回」を経験し、日本がどん底から這い上がる、その過程を、一人の少女の目と心を通して書き綴っている。 これがかなり面白い。舞台が大阪ということで、当時の大阪人気質がよく分かる。見栄っ張りだけど情にもろくて世話好き、話好き。終戦後の高度経済成長時代、金物屋に勤めていたエピソードから、 「お互い笑って取引をする」という大阪商人の心意気が伝わってきた。(笑) かかってきた間違い電話を、けんもほろろに切ってしまう事務員に、店の社長が言ったのは、「間違い電話だろうが、最後はきっちり笑わせなはれ」おお・・・吉本の源流ココにありき!!(笑) 戦火を逃れたからといってその教訓じみたことや、オーバーで感傷的な著者のコメントなんてものは全然書いていない。読み進むにつけ、私が知らない戦中戦後の日本っていうのが想像されとても面白い。 貧しいなりにも、「生きること」に全力を尽くした時代、ある意味、何にもないから心は豊かだったのかもしれませんな。昭和の初めから現代までの間に、私たちが得たもの、そして失ったものが、この本を通して分かる気がする。 ![]() 今日は家から徒歩25分の豊能町立図書館に開館と同時に入った。天気がよく気温も高かったので、いろんなところへ出かける人が多いと見えて、図書館の中はびっくりするほど空いていた。「自己改造」に取り組んでいる昨今、ピッタリの本が見つかった。「幸運と成功の法則」という船井総研の船井さんの本があったのだった。とても面白い本でスラスラと読む事ができた。著書の中には生き方の『極意』ともいえるノウハウが凝縮されている。私の場合は『思いの結果をイメージ化し確信をもつことでそれが可能になること。』と『与えるものが受け取るもの』というフレーズとその内容に強く惹かれた。分かってはいても出来ない事、これは思いのレベルが低いからである。逆に思いのレベルが沸点になるまで勉強して確信が持てればその思いは『成功』するということである。本書を読む事でそのレベルは飛躍的に上がるはずである。全体としては船井先生のこれまでの『まとめ』的なニュアンスがあるように思った。その点からも、一読の書ではなく何度も繰り返して読める本である。 簡潔な言葉の背景に、ものすごく深い大きなものがあるので、全部を完全に理解するのは本当に難しいと思う。量的には約200ページと、それほど多くはないが、私は7時間くらいかけて、じっくりと読み込んだ。まさに「噛めば噛むほど味が出る」本だと言えるのではないでしょうか。生きる上で、「世の中」を理解する上で、「人間」を理解する上で、「自分」を理解する上で、重要な本質的なことを、ポイントで簡潔にまとめた本なので、これをいかに具体的な自分の現実に生かせるかという部分で、読者の人間力が問われるのではないだろうか。また、筆者はそれを願っているのだと思います。 船井さんの本はどれも堂々としたタイトルなのであるが、これが究極のタイトルではないだろうか? やはり不思議だと思う内容も書かれているが、船井さんの本は一貫して嫌味度というか、雑味をほとんど感じないので、それらも含めてとても読みやすく、今まで解りにくかったことが割とすんなり受け入れる事が出来ると思う。船井さんの本を初めて読む方は、今までのフナイ本と併読すると、この本をもっともっと生かすことが出来ると思った。 ![]() 「らくだ」と呼ばれる乱暴な長屋の嫌われ者が瀕死した。兄貴分の熊五郎は葬式くらいしてやりたいと思う。通りがかった屑屋をアゴで使い、長屋の住人や家主を「死人のかんかん踊り」で脅迫し香典や酒をせしめた。二人だけの通夜、酔った屑屋は人が変り、たちまち熊五郎と立場が逆転する・・・。 熊五郎は、ざこば、松鶴などは「やたけたの熊五郎」。米朝では「脳天の熊五郎」。 「やたけた」というのは古い大阪弁で「むやみに」とか「やたらに」と言う意味で、あまり言い意味には使われない。無理を言う人や乱暴者にたいして「あいつ、やたけたやさかいな」などと言われてきたのである。 しかし「やたけたの熊」は見た目とは別に、面倒見の良い、表向きの恐さとは逆に実体は優しく、屑屋の苦労話に思わず涙ぐむと言う人間らしさがあって、演じる落語家さんによっていろんなパターンの「やたけたの熊」が登場するから、落語はオモロイのである。自分は屑屋さんのタイプ?やたけたの熊五郎タイプ?ううん、両方かなあ。 ![]() 今日は高津(こうず)神社の富くじの日。待ちに待った抽選が終わり、当選番号を書いた紙が張り出された。その前にやってきたのが、宿屋の主人からなけなしの一分の金で富くじを買ったホラ吹き男。彼の札は「子(ね)の1365番」という番号だ。目の前の一番の当選番号を見ると、これも「子の1365番」。手元の札と当選番号を何度か見比べた後、男はポツリとこう言う。 「当たらんもんやな」 自分に突然ふりかかった大きな幸せを信じる事が出来ないものだ・・・という凡人のさがを見事に描いた「高津の富」のワンシーンである。失望した男は、なんとこの札をぽいと捨ててしまう。そしてしばらく佇んでいたが、「こうなると小水(こみず)がかかるなあ」とつぶやいて札を再び拾い上げる。 「小水がかかる」というのは「もう止めておこうと思いながら、未練がかかってやめることができない」という状態を表す言葉である。ザブンと水をかけられてずぶ濡れになってしまうとあきらめもつきやすいが、ちょっとだけかかった水はかえって気になる・・・ということなのかもしれない。「小通(こみち)がかかる」が転訛したという説も読んだ事があるので、そちらが正しいのかもしれない。「かもしれない」などとあやふやな事を書くのがくやしいので、正確な意味を調べようといろんな本に当たってみた。「こっちの本にはあるかもしれない。いや、こちらの辞典には・・」 と調べている途中で、自分がまさに「小水がかかる」気分を味わっている事に気がついた。「後ろ髪を引かれる思い」なのである。その思いを断ち切って、「ま、ええか」と思いつつこのブログを書いている。 ![]() 仕事を終えて帰ろうとした植木屋に、お屋敷の旦那が声をかけてくれた。 「あんた、私のお酒の相手をしてくれるか」 決して嫌いなほうでない植木屋は、恐縮しながらも盃を手にする。よく冷えた「柳蔭(やなぎかげ)」と鯉の洗いで一杯やっていると、旦那が奥さんに、「青菜を持って来なはれ」と注文した。しばらくすると奥さんが旦那の前に両手をついて、 「鞍馬から牛若丸がいでまして、名を九郎判官」それを聞いた旦那が、「義経」と答える。この意味不明のやりとりは夫婦間の「隠し言葉」・・・暗号なのである。 「名を九郎」というのは「菜を食らう」の洒落で、つまりは「菜は食ろうてしまった」という断りの文句なのである。それに答えた旦那の答えの「義経」は「よしよし」の洒落というわけだ。このからくりを教えてもらった植木屋は、夫婦のウイットに感激してしまい、ぜひとも我が家でも真似しようと意気込んで帰宅する。そして、裏長屋の暑苦しい家に帰って、「いま、戻った」と声をかけると、家の中から帰ってきた嫁はんの答えがこれだ。「今時分までどこのたくり歩いてけつかんねん、このアンケラソ!」 上品なウイットとあまりにもかけ離れたせりふではあるまいか。「青菜」という夏の噺である。「アンケラソ」は「アホ」という意味の罵倒語。辞書を見ると「アッケカラン」と親戚の言葉だと書いてあったが、よく解らない。故桂文枝師匠もこの言葉が大好きで、彼の半生記に「あんけら荘夜話」というタイトルをつけたほどだ。 「アンケラソ」というフレーズは単独で使うことは稀で、うえに「なんかしてけつかんねん」とか「しっかりせんかい」という罵倒の言葉がつき、さらに「この」というつなぎの言葉が必ず入ることになっている。 このブログの愛読者も、むかつくことがあったら海に向かって「あんけらそ!」と叫んでみる事をお勧めする。気分がすっきりするか、力が抜けてむかつきが消えるかどっちかだと思うのだが。 桂ざこばの次は義兄弟の弟の桂雀々である。通称「けい・じゃんじゃん」なのである。
昭和35年(1960)に大阪市住吉区で生まれる。昭和52年(1977)に桂枝雀に弟子入り。当時、家庭的に恵まれなかった雀々の枝雀への入門の動機のひとつに「この人ならご飯を食べさせてくれる」というのがあったそうだ。 ![]() 話し方はもっさり。あほな人物や、呆れる婦人をやらせるとうまい。アクションは若干オーバーなところがあり、師匠枝雀を彷彿させるところがある。礼儀正しい上に、大物・先輩芸能人と絡んでもひるむところがなく、関西ではテレビタレントとしても人気が高い。昨年、やしきたかじんのプロデュースで芸能生活30周年のイベントをやっている。上方落語会では5本の指に入ると私は思っているほどだい好きな落語家である。 1947年生まれの60歳、還暦を迎えている。今やテレビ・ラジオに引っ張りだこの売れっ子タレントであるが、本職は落語家(噺家)である事を若い人たちは知らない。
![]() 昭和38年、中学卒業後に3代目桂米朝に入門。昭和41年に初の独演会を桂朝丸の名前で開き、昭和63年に2代目「ざこば」を襲名する。 桂ざこばには暗い過去がある。小学校2年の時に、両親が離婚し父親に引き取られたが、3ヶ月ほどして父親は電車に飛び込み自殺している。この暗い過去が彼の人間形成にかなり影響を及ぼしていると思われる。 噺のスタイルは「朴訥」、詰まり、セリフ忘れ、ドモリなども頻繁であるが、笑いを取り始めてからの爆発力は相当なものがある。 感情の起伏が激しく、人前で号泣してしまう事もしばしば。また、癇癪もちで番組収録直前や収録中に気に入らない事があると、収録途中でも平気で帰ってしまう悪い癖があるらしい。 大酒のみで、ヘビースモーカー。「学歴コンプレックス」(自分が中卒どまり、桂枝雀が大学に進んでいることなど)。「強い独占欲」(枝雀「兄ちゃん」を桂南光に取られたと思い嫉妬した事など)などの傾向が見られる。 夫人同士が姉妹であるため、桂雀々とは義兄弟である。この雀々もまたざこばと同じような悲しい少年時代を送っている。(両親に捨てられている)。 私はざこば師匠を見ていると、なぜか元気が出てくるのである。 「人間は完璧じゃなくとも充分生きていける」と。 今日は天気もよく暖かかったので、散歩がてらにカメラをぶら下げいつもの光風台図書館へ行った。途中の能勢電鉄「光風台」駅の上にかかる橋から「ときわ台」駅に向かうトンネルを写真に収める。
![]() スギ花粉が飛散する中ぽかぽか陽気で、「春よ、来い」を口ずさみながら図書館までの2キロの距離を歩いた。最近落語にはまっていて、週に1度は落語のCDを2枚図書館で借りている。家でMDに入れなおし、通勤途中に電車の中でMDプレーヤーで聞くのが一つの楽しみとなった。この前なんか、桂ざこばの「らくだ」を初めて電車の中で聞いて、笑いをこらえるのが大変だった。だからこれからは電車の中では何度も聞いたやつでないと危ない。 NHKで「ちりとてちん」の朝ドラが今高視聴率を上げていると言うので、それならばと図書館で「ちりとてちん」を見つけCDを借りた。 ![]() べかこ時代からの十八番ネタで、すき間なく笑いが詰め込まれている。 「ちりとてちん」の命名の由来は、噺の中で桂南光が述べているが、ある説によると「ちりとてちん」の「ちり」は「チリソース」の「チリ」に通じるのだと言うのだ。 たぶん、ヨタな説だと思うが、どちらも辛いものだけに妙に説得力がある。 3代目桂南光は1951年生まれ、うちの社長と同い年である。1970年に2代目桂枝雀に弟子入りをし、3代目桂べかこを経て、1993年に3代目南光を襲名した。 楽屋でシルク姉さんのお尻をさわりまくっているらしいが、そのことを咎められると 「あれは、いわゆるボランタリーちゅうやつですわなあ。誰もシルクのけつさわりまへんやろ。かわいそうやから、わてがしゃあないさかいにさわってまんねん」とがらがら声で言い切るところに、彼の昔取った杵柄のプレイボーイで鳴らした人柄が浮かび上がってくるのである。 3月9日(日)
![]() 最近NHKの「ちりとてちん」が高視聴率を稼いでるという事で、図書館で落語のCDを借りてきてしばしこれに没頭した。「つる」は単純でおもしろい。あらすじはこうだ。 散髪屋で物知りの男の噂を聞きつけ、問答に来たアホの男。「南京虫は脚気になるか」「トンボはめばちこ(物貰い)を患うか」などを聞くが、常識的なことを聞けとたしなめられる。 それではと、散髪屋にあった掛軸の絵の鶴について尋ねると、昔は「首長鳥」と呼んでいたと聞かされ、重ねてなぜその後「つる」と呼ぶようになったかを尋ねる。 そこで、鶴が唐土(もろこし)から飛んで来た際、「雄が『つー』っと」、「雌が『るー』っと」飛んで来たために「つる」という名前になったと教えられる。この男が実は嘘だと言うのも聞かず仕舞いに、今仕入れたばかりの知識を町内に披露しに行くアホの男。 訪れた先で、いざ披露。「つる」の由来について半ば強引に教えるも、「雄が『つるー』っと」と言ってしまったために困り果てる。 一旦物知りの男のもとへ戻り、再びレクチャーしてもらう。 今度は「雄が『つー』っと来て『る』と止まった」と言ってしまったため、苦し紛れに「雌が黙って飛んで来よった」 もう一つは「猫の忠信」。この噺はオチが弱いとよく言われる。確かにたわいのないオチだが、それまでの緊張感溢れる展開からすっと力を抜かれるようで、私は大好きだ。 アホらしい、わてみたいなお多福、なんの静御前に似合うかいな。 猫が顔上げて、にあう。 これがオチだが、「にゃーう」と「にあう」、ビミョーである。たぶん解らない人もいるかも知れない。 桂枝雀は「緊張の緩和」が笑いを生むとする独自の落語理論を唱えたので有名だ。 「すびばせんねえー(すみませんねー)」などの独特の口調でも人気を博したが、 11年前にうつ病で自殺するという信じられない幕切れに「何故?」と思ったファンも多かっただろう。59歳の若さで、本当に残念である。 < 前のページ次のページ >
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