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第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その7

南禅寺と言えば狩野探幽の「水呑みの虎」の襖絵(重文)が有名である。
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1602年に京都で生まれている。桃山時代の匠、狩野永徳は祖父にあたる。狩野派は日本絵画史上最大の画派であり、室町から江戸時代まで約400年にわたって活動し、常に画壇の中心にあった専門画家集団である。狩野派の襖絵はあちこちの部屋で見られ、方丈拝観料500円は安すぎるくらいである。狩野永徳の襖絵もあったので、カメラに収める。
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その素晴らしい襖絵の外の庭は小方丈で、これも見ごたえありであまりの感動に心臓がドックンドックンと波打っているのがわかる。
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小方丈庭園は別名{如心庭」と言われる。その字の如く心字形に庭石を配置した枯山水の石庭である。
面白いのは、さすがに禅寺である。寒山の像があった。
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寒山は唐代の僧で、天台山の近くに拾得とともに住み豊平に師事していたといわれる。禅修業を積んで、底抜けの生き方、境涯に徹しられた方である。
経巻を開いているのが寒山で、拾得は指をさしている。悟りきった表情はユーモラスで滑稽である。

by nozawahitoshi | 2008-02-28 07:13 | 古寺巡礼 | Comments(0)

第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その6

腹ごしらえもしたことだし、哲学の道に戻り南禅寺を目指す事にする。
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「哲学の道」とは、北は慈照寺銀閣から南は若王子神社に至る、約1.5キロの琵琶湖疏水分流沿いの小径をいう。もともとは「思索の小径」と呼ばれていたが、近代を代表する哲学者で、前にもブログに載せたが私の大学の教授に教鞭をとった西田幾多郎が好んで散策し、思索に耽った事などから「哲学の道」と呼ばれるようになった。ちなみにこの道は昭和61年に「日本の道100選」に選定された。
哲学の道の終点が熊野若王子神社である。
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熊野神社、新熊野神社とともに並び称される「京都三熊野」の一つである。栄暦元年
(1160)、後白河法皇が熊野権現を近くの永観堂の守護神として歓請されたのが始まりである。応仁の乱で焼失するが、後に豊臣秀吉により再建される。もともとはお寺であったが、明治時代の廃仏毀釈により寺院が壊され神社になったと言ういきさつがある。境内はあまり大きくなく、少し見落としてしまいそうなところにひっそりとある。
裏山には同志社大学を創設した新島襄や、徳富蘇峰、山本八重子夫妻の墓がある。
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永観堂の前に来て入ろうかどうしようかと迷ったが、ここは京都でも指折りの紅葉の名所で、「モミジの永観堂」と呼び親しまれているので秋にまた来ようということで入らなかった。11月には夜の特別拝観や寺宝の特別公開も行われているので、楽しみは取って置く事にした。永観が念仏道場としたところで、浄土宗西山禅林寺派の本山である。
正式名は禅林寺という。
永観堂から500メートル南下すると南禅寺がある。一直線に並ぶ勅使門(重文)・三門(重文)・法堂・方丈(国宝)を塔頭か取り囲む臨済宗南禅寺派の大本山だ。
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これが三門である。屋根の雪が解けて水となって高いところから一斉に落ちてくるさまは、まさにナイアガラの滝のようであった。
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大阪夏の陣で没した将兵の菩提を弔う為、藤堂高虎が建てた高さ22mの二重の門である。歌舞伎で石川五右衛門が「絶景かな」と見得を切るのがここで、回り縁から境内と京都市街が見渡せる。
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大方丈の前の枯山水庭園(名勝)は小堀遠州の作で、虎の親子を表した石組みから「虎の子渡し」の庭と呼ばれている。あまりの素晴らしさに時間を忘れて見入ってしまう。

by nozawahitoshi | 2008-02-26 07:19 | 古寺巡礼 | Comments(2)

第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その5

慈照寺を出て西に少し戻ると、橋本間雪記念館(白沙村荘)があり、これは近代日本画家の大家、橋本間雪の旧宅の美術品を公開したり、庭を見ながら食事も出来るところがあり、その広い庭の一角に間雪のレンガの洋館をイタリアレストランに仕立てた「ノアノア」という店がある。
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前回もそうだったが、京都に来るとなぜかイタ飯屋に入る傾向がある。そして真昼間から、何の罪悪感もなくビールを注文してしまうという悪い習慣が身についてしまった。
古寺巡礼で奈良を訪れた時は、昼食にビールは絶対と言っていいほど飲まなかったのに、京都では何故飲んでしまうのか、その理由が判明した。
奈良を見て回る時は、神聖な面持ちで真剣みをおびている。それに対し、京都は物見遊山で、結構テキトーな気持ちで、お土産を見るついでに神社仏閣を訪れている感が強い。奈良は京都に比べてお土産屋が圧倒的に少ない。だから昼はビールを飲まない、とわかったようなわからないような結論に達した。
「ノアノア」のメニューを店の外で見た。7種類のパスタと3種類のピザとドリンク類のみである。
「エビスビールを大至急お願いします」と男性店員に席に着くや否や注文する。
残念ながらこの店は小学生の時から飲み親しんだアサヒビールは置いていない。すぐにエビスビールとワイングラスが目の前に運ばれた。
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「ビールを飲むときはワイングラスじゃなくてジョッキだろうが」と少しムッとしたが、女房・子供の手前あらがうのは得策ではないので、黙ってワイングラスにビールを注ぎ、グイッと飲み干した。「ガフー(げっぷの音)、う、美味い!」20年ぶりに飲んだエビスビールの味は前より美味しくなっていた。ちなみにエビスビールの歴史は今年で118年目を迎える。「むむ、サッポロビールもなかなかやるワイ」と小感動。
ベーコンピザ、明太子パスタ、山菜パスタを矢継ぎ早に注文した。
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どれも値段の割には量が少なく「ぼったくりの京都」が見事に露見した。
次にキリンクラシックラガーを注文。こちらの歴史は今年で120周年を迎える。
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アサヒスーパードライが世に出るまで、キリンのラガーはビール業界のトップをずっと走り続けていたのである。彼はまさに江戸時代のようにロングランだったわけである。
食事が終わり、何気なく窓越しに中庭を見ていたら、遠くの方に上のほうがはげている山を山を見つけた。その山をよく見ると、なんと「大」と書いてあるではないか。
「ああ、これがあの有名な京都五山の送り火、大文字焼きの左大文字か」と驚嘆した。
食事をしながら大文字山が見える店なので「ぼったくりはまあ、しやーないか」と、
変に納得させられてしまったのである。
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by nozawahitoshi | 2008-02-24 11:07 | イタリアン | Comments(6)

第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その4

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 展望所から見ると慈照寺境内の規模はそう大きなものではないのがわかる。
この写真は展望所から見た「銀閣」である。好みが分かれるところであろうが、私はこの位置から見下ろした「銀閣」のほうが下から見たそれよりも好きである。ズームで撮影しないとここまで大きく見えない。
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「銀閣」の東側には庭園が拡がっている。この写真は庭園の錦鏡池対岸から望んだ「銀閣」であり、この場所は「銀閣」の撮影スポットになっている。池が半分凍っているのがわかるだろうか?ここでの三脚はご法度になっている。たぶん、狭いから観光客が倒したりして危ないからなのだろう。
 観音殿が上棟されたのは長享3年(1489年)とされているが、これは足利義政が他界する1年前であり、私の推察では義政は観音殿の完成を見ていないのではないかと思われる。
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 「銀閣」の屋根の上には東面した鳳凰が置かれている。この鳳凰は「銀閣」に祀られている観音菩薩を守るという意味があるという。
「銀閣」は金閣と同じような様式の造りであるが、これは由来から見て当然であろう。
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この写真は「裏銀閣」と私は命名する。誰もこの西側の位置で写真を撮らないが、これぞまさしく「わびさび」の世界の銀閣ではないだろうかと思う。何故かうら悲しく、哀愁をおびた東山文化の人気者「銀閣」の違った一面でもある。

by nozawahitoshi | 2008-02-23 22:28 | 古寺巡礼 | Comments(0)

第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その3

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 「本堂」の東側に「東求堂(とうぐどう)」(上の写真:ほぼ南側から撮影)が建っている。 東求堂が完成したのが文明18年(1486年)であり、その後、何回か修復されているようで、昭和になってからも修復されているが、その際、東求堂のあった場所は現在の位置ではない可能性のあることがわかったといわれている。
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政治から逃げ出した義政が晩年、諸芸の達人を集め東山文化の集いを開き、茶道、華道、能などの伝統文化を生み出した場所がこの「東求堂」(上の写真:東南側から撮影)であるという。また、この中にある茶室は日本最古のもので、茶室の模範であるとされているようである。「東求堂」は国宝に指定されている。
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場所から見て史跡・名勝に指定された庭園に含まれるか否かよくわからないが、東求堂の東側やや高い位置に「お茶の井」とよばれる湧き水がある。この水は足利義政の茶湯に用いられたといわれている。
 お茶の井の水質はよく、現在もお茶の会に用いられているというが、見た感じでは何となく薄汚れており、好んで飲みたい水とは思えない。
 お茶の井の右手には「漱蘚亭(そうせんてい)石組み」がある。この石組みは相阿弥の築いたものといわれており、西芳寺の竜渕水石組みと類似し、後世の茶室の源流とされてきたという。
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境内東側にある高台に上ると展望所があるが、そこから慈照寺の全景を俯瞰できる。
全景写真で左方に見えるのが「銀閣」、中央に「銀沙灘」が見え、その右方に「本堂」、本堂の手前に「東求堂」が見える。横長の屋根の見える建物が「書院」である。
雪に埋まった慈照寺の銀閣もなかなかええもんですなぁ、と私が言うと、それを聞いていた観光客の年寄りの女性が「何?じしょうじ?ああ、銀閣寺の事ね」と東京弁で自分の無知をさらけ出していたが、私は敢えて押し黙っていたのである。

by nozawahitoshi | 2008-02-22 07:21 | 古寺巡礼 | Comments(2)

第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を尋ねて その2

慈照寺「総門」をくぐると受付のような場所があり、ここで拝観料500円を払う。 受付のような場所から中門まで特徴のある「銀閣寺垣」の参道が続いている。
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「銀閣寺垣」は低い石垣、低い建仁寺垣、それに樫、椿などの常緑樹の高い生垣からなっているが、左右の造りが異なっている。これがアンバランスな感じを与えているが、参道として趣があり印象的である。
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中門を入るとすぐ右手に「銀閣(観音殿)」(上の写真)が見える。観光客の中には、金箔を張られた金閣に対応して、銀閣は銀箔を張った建物であることを想像してここを訪れて来る人もいるようで、想像していたような建物ではないと言い合っている声が聞こえてくる。銀閣の名は江戸時代になって起こったといわれているが、銀箔が張られていた証拠はないという。黒漆塗りの建物を何故、銀閣と称したのか。銀閣、金閣は共に西芳寺の瑠璃殿を真似て造られたといわれており、派手な造りの舎利殿(金閣)に対し観音殿は地味であったことから、銀閣と呼ばれるようになったのであろう、たぶん。「当初は名前の通り銀を着ける筈だったが、幕府の財政事情のため出来なかった」と言う説や、「銀箔を貼る予定であったがその前に義政が他界してしまった」という説もあるが、俗説に過ぎない。ちなみに、義政の妻日野富子はびた一文たりとも出さなかったと言う話がある。ちなみにもう一つ、金閣、飛運閣と併せて京の三閣といわれる。
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「銀閣」の一層(一階)は心空殿とよばれ書院風の造り(上の写真は一層の一部)に、二層(二階)は潮音閣とよばれ花頭窓を多く用いた禅宗仏殿造りになっているようである。
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上の写真に見られるように、「銀閣」のやや北寄りの東側に、白砂を敷きつめ表面に縞模様をつけた「銀沙灘(ぎんしゃだん)」が広がっており、その隅、銀閣寄りのところに白砂を円錐状に盛り上げ、頂部を水平にした富士山状の「向月台」がある。これらは、銀閣が造られた当時からあったものではなく、江戸後期に造られたものであるといわれており、義政とは何の関係もないものらしい。銀沙灘、向月台が造られた意図はわからない。 銀閣寺の生い立ちと関係がないといわれている銀沙灘と向月台が妙に印象的であり、何故か、目を引く。この角度からの風景が一番や、という銀閣寺ファンも多い事だろう。「銀閣」は国宝に指定されている。
 
 

by nozawahitoshi | 2008-02-20 07:15 | 古寺巡礼 | Comments(4)

第2弾 冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その1

2月9日(土)、関西地区に珍しく雪が降り続き、10㎝ほど積もった。これを機に雪化粧した銀閣(慈照寺)を是非観賞したいということで、2月10日の3連休の中日に、2週間ぶりに再び京都を訪れる事にした。観光客の量は2月が1年中で最も少ないので、雑踏嫌いの私としては満を持しての決断だった。
私の家(大阪府豊能郡)にも、雪は容赦なく振り続け、あたりは見事に銀世界と化したのだった。
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最寄の駅は能勢電鉄の「光風台」駅で、そこまで行くのには坂をどんどん降りて、向こうの町の人も同じで坂を降り切ったところに信号があり、つまりVの字の底が信号なのだが、雪が降るとこの信号で車が滑って何台も数珠繋ぎとなる事がある。駅はまだこの下で、谷底のようなところにある。
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四条河原町から203番のバスに乗り、20分ほどで銀閣寺道で下車。白川通今出川の交差点をさらに東へ進むと、西田橋があり琵琶湖疏水の分流がある。
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ここから若王子神社を結ぶ疎水沿いの散策路を「哲学の道」という。
大正時代に京都帝国大学の教授であり、哲学者だった西田幾多郎や河上肇らが思索に耽りながら歩いた事からこの名がついた。因みに、西田幾多郎の哲学の教え子は私の大学のゼミの教授である鈴木亨(故)先生だ。私はこの先生から「実存哲学」を学んでいる。
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見事なソメイヨシノのトンネルが出来、春は関雪桜、夏はゲンジボタル、秋は紅葉が彩る。だが今は、足元は昨日の雪でぐじゅぐじゅ、桜の木からは雪のしずくが降ってきてはお洋服を濡らし、うっといしいことこのうえない。慈照寺までゆるい上り坂になっていて、参道にはみやげ物や喫茶店、食堂が軒を連ねるが、清水寺ほどの派手さはない。
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慈照寺の総門に到着した。総門の規模は想像していたよりも小さいものだった。正式名は東山慈照寺(とうざんじしょうじ)と言う。
銀閣寺ではない。正式に言うと、東山慈照寺の銀閣である。ひがしやまではなくとうざんである。ここから南に2キロ行くと東山高校があるが、これもとうざんこうこうでひがしやまとは言わない。ここは高校野球で甲子園に何度も出ているのでご存知の方もいるだろうが、ユニフォームには「TOUZAN」と書かれている。
さて、雪を被った侘びさびの銀閣に会いに行こう。

by nozawahitoshi | 2008-02-18 07:18 | 古寺巡礼 | Comments(2)

冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて 最終回

清水寺からスタートした今回の旅は、高台寺、知恩院、八坂神社と忙しく駆けずり回り、内容の濃いものでありました。その締めくくりはやはり「ぱーっと行こう!」と言う事で、前々から行きたかったアサヒスーパードライのレストラン「菊水」にやってきた。
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川端通りと四条通りの接点、京阪電車の四条駅の真上にあり、南座が目の前の
大正5年創業の老舗レストランである。今年で創業93年になるこのお店の建物は珍しい建築で目を引く。時計は午後4時で、ビールを飲む時間にしてはちょっと早かったが、思考は「ホリデイ」気分なので店に入って席に着くやいなや、
「大至急、生ビール大ジョッキ1杯、中ジョッキ1杯下さい」「かしこまりましたどすえ」といって運ばれたのが世界一美味いアサヒのスーパードライだ。
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「乾杯!ごくごくごくごく、はアーっと」の2秒後、「美味い、美味い」を連発し、
ビフテキ、ハンバーグ、昼のランチを注文する。
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早死にしてもいいから、ビフテキとビールを食べたいのだ。
このレストランの洋食の味は絶品であった。何杯もビールをおかわりし、食べ終わって外に出たら、夕方5時であった。
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全長31kmの鴨川が四条大橋から見渡せた。鴨川と言うくらいだからカモが泳いでいるのだろう、と冗談のつもりで言ってたら、本当にカモが泳いでいたのには恐れ入谷の鬼子母神だった。  
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by nozawahitoshi | 2008-02-16 19:27 | 古寺巡礼 | Comments(0)

冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その9

四条通の東端、緑を背に鮮やかな朱塗りの楼門を構える八坂神社。
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全国にある祇園社の総本社で、京都に流行した疫病を鎮めるために創建されたという。
今も厄除けや商売の神様として信仰を集め「祇園さん」として親しまれている。正門は西楼門ではなく南にある石鳥居で、現存する日本最大規模の石鳥居である。京都三大祭のひとつである祇園祭はこの神社の祭礼で、古都を彩る夏の風物詩だ。
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本殿(舞殿)は祇園造りという独特の建築様式を持ち、西楼門とともに重要文化財である。よくみると、お茶屋や料亭からの奉納提灯があるので京都らしい。
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西楼門から西側の四条通を見ると、この道路の広さに驚く。慣れていないと車の運転が怖いだろうなあ、と思った。それと、高い建物がないのでなんか田舎町に来たような錯覚に陥る。
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境内には社が並び、中でも「美御前社(うつくしごぜんしゃ)」は本殿と拝殿を一つ屋根で覆う祇園造りという様式で、平安時代の貴族の館のような優雅なたたずまいである。疱瘡を患った娘が日参するうちに跡形もなく完治したという言い伝えから、美の神様と言われ、手を合わせる女性が絶えない。大晦日から元旦にかけては、吉兆縄に移したをけら火を消さないように持ち帰る「をけら参り」の参拝客でにぎわうそうだ。

by nozawahitoshi | 2008-02-14 21:59 | 古寺巡礼 | Comments(2)

冬の京都の古寺、名刹、神社仏閣を訪ねて その8

東山三十六峰の一つ、華頂山の麓に広がる浄土宗の総本山・知恩院は、法然上人が初めて浄土宗の教えを説いた念仏の聖で、上人入滅の地でもある。
承安5年(1175)、上人が「南無阿弥陀仏」の念仏宗教を説き広めた「吉水の草庵」が発祥で、江戸時代に徳川家のもと、壮大な伽藍が完成した。
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堂々たる風格の、日本一大きい三門(高さ24m、横幅50m、屋根瓦7万枚)をくぐり石段を上がると、本堂(御影堂)、宝仏殿、集会堂、大方丈などの大建築が並ぶ。
73000坪の境内はさすがに広い。
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本堂(御影堂)は上人の御影を祀り、一度に3000人がお参りできると言うから圧巻である。大方丈・小方丈(重文)は洛中随一の名書院、狩野一派の筆になる豪華な襖絵に彩られている。
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ほかに、左甚五郎の忘れ傘といった「知恩院の七不思議」、NHK「紅白歌合戦」の終わった後の「行く年来る年」に出てくる、僧侶が17人がかりで撞く除夜の鐘で有名な大鐘がある鐘楼など見どころが多い。
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今回の京都のを訪れた一番の目的は、なんといっても知恩院の経蔵の中を覗くことである。恒例となっている、非公開文化財特別公開は今回で42回目である。カメラ厳禁なのでお見せできないが、私は経蔵の壁や天井に極彩色で描かれた壁画に、鳥肌が立つほど感動したのである。是非、知恩院に行ってご覧になってもらいたい。3月18日まで特別公開している。急げ!!

by nozawahitoshi | 2008-02-13 07:15 | 古寺巡礼 | Comments(3)