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一念坂をさらに北へ行くと、右手に背の高い大きな観音様が見えてくる。霊山観音である。その奥に阪本竜馬や明治維新の志士が眠る霊山護国神社があるが、どちらも興味が湧かないので今回はパスをする。
鷲峰山(じゅぶざん)高台寺は東山霊山(りょうぜん)の山麓、八坂法観寺の東北にある。正しくは高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その菩提を弔う為に秀吉夫人の北の政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号す)が慶長11年(1606)開創した寺である。 ![]() この建物は入り口を入るとすぐ目に付く「庫裏」である。徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行ったので、寺観は壮麗をきわめたと言う。 ![]() 同じく入り口付近にある「天満宮」のマニ車。マニとは宝石のことを意味する。 マニ車はチベットの寺院などで多く見られるもので、一度回すと大蔵経と言う経典を読むのと同じ功徳があるとされている。時計回り(右回り)に回す事により、身体、言葉、思考を清め、災いを取り除く事ができると言われている。 「おんあぼきゃーべい、まかぼだら、まにはんどばじんばら、はらばりたや、うん」と真言を唱えてマニ車を回し続けた。最後に「遍照金剛南無大師」を10回繰り返し、 西の方角に目をやって驚いた。不思議な建物がニョキっと建っていた。 ![]() 後でわかったのだが、この建物は大霊院祇園閣というもので、大倉財閥の大倉喜八郎が別荘として昭和2年に建てた、昭和初期としては名建築だったらしい。 「金閣寺、銀閣寺があるのに、何故銅閣寺がないのか」の発想から、高さ36メートル、鉄筋コンクリート造りの三層建てが出来た。建物は祇園に因んだ山鉾を模した形で、鉾先には金鶏が取り付けられている。建物全体が銅製というわけではないが、喜八郎の初志を汲み取って、やねはちゃんと銅板葺きなっている。 因みに私の出た高校は関西大倉高校である。明治35年(1902)平賀義美、関西商工学校創立。明治40年(1907)大倉喜八郎、大阪大倉商業学校創立。昭和23年(1948)両校が合併し、関西大倉高校と改称され、今年で創立106周年である。 私の説いた真言があの世にいる大倉喜八郎に届いたのか、関係は関係を呼ぶものだ。 そして現在の母校の校長は宮ノ前先生で、36年前に教鞭をとっていた社会の先生で、当時この先生を怒らせたら大変な事になると言われた人であった。短気で不気味な先生だった、この人が校長になるなんて夢にも思っていなかったのである。 ![]() 話が随分飛んだが、高台寺に話を戻そう。小堀遠州作の庭園はさすがにお見事で、桃山時代を彷彿とさせる石組みの素晴らしさったらない。廊下のようなものが観月台で、それに繋がっているのが開山堂である。 ![]() さらに東に登っていくと霊屋(たまや)があり、ここは秀吉と北の政所をお祀りしている所であり、厨子内左右に秀吉と北の政所の木像を安置している。その霊屋と開山堂を結ぶのがこの臥龍廊(がりょうろう)である。龍の背に似ているところからこのように名付けられた。 ![]() 最後の締めは「方丈前庭」である。ねね様もこの庭を眺めて「どぇりゃー金使うたのお、家康はあ」と言ったとか言ってないとか。
by nozawahitoshi
| 2008-02-10 22:15
| 古寺巡礼
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